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ひとり言

震災二年に寄せて

震災報道に関わり、精神的に大きな影響を受けた記者、ディレクターや、阪神も含めての被災者の姿を少なからず見てると、気持ちの入っていない震災報道には、完全拒否感。
じゃ、やらんでええよ。任じゃないんやろうし、と思う。

私が取材した阪神大震災の被災者や、お話を伺った原発作業員。あの方の前には中途半端な気持ちでは、立てない。突きつけられた。

「お前は俺らを飯の種にしたいだけなんか?」と。その本気と同じ熱量じゃないと、本気は話してくれなかった。
そこは敏感に感じとられた。

先日、仙台からの生放送を企画したプロデューサー氏と、その事を立ち話。
なぜ企画したのか、どれだけ時間とアタマを使って仕込んでいるのか、何をしたいのか、短時間のうちに伝わってきた。

何事もなかったかのような東京の生活。風化は怖い。

でも、だからこそ、中途半端では失礼極まりないと思う。

だからこそ、演者・制作者が、それぞれの本気を持って、震災報道に関わらないと、中途半端なものになる。
ぺっらぺらな心持ちは、リスナーにはきっちり伝わる。

普段から、そのアツサをちゃんと感じ取る人たちだから。

だから、そこを感じるリスナーは、演者、制作者と同義。一緒に番組を作っている。

そして。もうひとつ。
そのプロデューサー氏は「僕らは阪神の被災者の事は忘れてしまって何もできなかったから」。

身近な人の痛みを自分の痛みに。そして、同じ経験をした人の痛みを自分の痛みに感じる事ができる。それを、社会的役割な仕事に落とし込める。

芯の通ったラジオマンで、ありたいと思うし、そんなラジオマンと共に仕事をしたい。

小さな祈りとカレッジリング

「それ、きれいね」
友人の視線が、指先に止まった。

小さなダイアモンドが入ったゴールドの指輪。
母校のカレッジリングだ。

石(貴石、半貴石)が好きな私は、何かしら小さなものを身に着けているのだが、
考えてみれば、宝石の類いを人から頂いた事は、ほとんどない。
現在手元にあるものに限定して言えば、全く、だ。

婚約指輪や結婚指輪なるものも、丁重にお断りした。

優先順位第一位を外せない指輪がある、と。
それが、その指輪。
神戸女学院のカレッジリングだ。

といっても、学生の時に買ったのではなく、京都放送をやめ、フリーになるタイミングに買ったものだ。

女学院の校章に、私の誕生石であるダイアモンドがあしらわれたデザイン。

薬指のサイズであわせている為、結婚指輪も婚約指輪もする場所がない。

貴石は(特にダイアモンドは)、持ち主の厄災を吸収するという。
石には不思議なチカラがあって、そのチカラを以て、災いを吸収したあと、ふっと姿を消す事がある、なんて言われている。

実は、この話を信じざるをえない様な不思議な経験をした。
カレッジリングは、購入して以来、肌身離さず、ずーっと身につけてきた。

ある時、人生最大のトラブルが起きた。
対処に必死で、指輪を気にしている余裕がなかった。
ある時、外出しようとした際、ふっと思い出し、いつもの置き場をみると、指輪がない。
なくしたら嫌なので、必ずここに置いていたのに。
絶対、ここでしか外していないのに。

探しても、探しても出て来なかった。
家中、ひっくり返す様にして、すみずみまで探したのに。
落胆が大きく、早く忘れて、そんなものは初めからなかった事にしてしまおう位の気持ちでいた。

ところが、ある日。
そのトラブルも解決の兆しが見えた頃、気がつけば、足下にゴールドに光る指輪があった。
私のカレッジリングだ。

おかしい。
何十回も探した。猫でもいればくわえてここに置いておいたのかな、なんて思うが、全くそんな同居人はいない。

おかしい。
どう考えてもおかしい。

まあ、とにかく大切な指輪が戻ってきた事が嬉しくて、とにかく良かった、と思っていた。

後日、「持ち主と気のあった貴石は、トラブルが起こると身代わりになってくれて、全部チカラを使い果たしたら、姿を消す。そして回復すると、また戻ってくる」なんて話を聞いた。

トラブルも、思い返せば大変だったけれど、きれいに着地した。
指輪がチカラを貸してくれなかったら、とんでもないダメージがあったかもしれない。再起不能だったかも。

浮気はせず、この指輪と一生過ごして行く事を決めた。

それから、指輪を休ませる時以外は、常に一緒。
どんな時も同じ空気を吸ってきた。

死んだら、持って行くか、大切な人に引き継いでもらいたい。
もう身体の一部。絶対に手放せない。

こんな話を思い出したのは、今日、ちょっとしたお守りを買いに行ったから。
離れていても、あなたのことを大切におもっている友人として、なにかしらの思いを届けたい。
一生を共にする貴石ほどでなはないけれど、常に「思い」があなたを守っています様に。

そんな気持ちを届けたいな、と思う。

私の「思い」が「祈り」が、あなたをいつも守ってくれます様に。
小さな願いが、届きます様に。

「主に泣いていました」

主に泣いていました。

人気まんがのタイトルを借りるなら、今日はこんな1日でした。

夕方からの仕事だったせいか、何だか気持ちが整わなくって、現場に入ってからも、ちょっとバラバラな自分がいた。

そんな気持ちで本番が進む中、いつも仏頂面のスタッフが、何があったのか満面の笑みで、指示を出してくれた。

その笑顔を目にした途端、自分の気持ちが溢れだしてくるのがわかった。
押さえられない、思いだった。

「私、ここにいていいんだな」

そして、笑ってくれるだけで、ひとの気持ちってこんなに楽になるんだな、って。
なんだか、涙が溢れてきた。

昔から、人が怖かった。
人に対して、どうやってことばをかけていいのか、わからなくて、
でも、人に触りたくて。

いつも、人の目を気にしていて、些細な一言にびくびくしていた。

天才っているんですね。
コミュニケーションの天才。
いつも人に囲まれていて、
多くの人に囲まれていて、きらきらしていて。

私はそんな人では全くなくて、うらやましくて、うらやましくて、でも、絶対そんな人にはなれなくて。

だからこそ、そういう思いをしている人に、
一人でも、少しでも、
その思いを軽くしてあげたい、と思っている。

振り返れば、過去、辛くて辛くて、もう死んでしまうしか解決方法はないんじゃないか、と思った時、救ってくれたのは、人だった。

頼りにしている、数少ない友だちだったり、
こらえきれず、電車で泣いている時に、そっとティッシュを手渡してくれた知らない人だったり(さすが、近鉄電車)、
「なんとなく撮りたくって」と、沈む私の横顔にカメラを向けてくれた職場の仲間だったり、
そんな人が少しずつ、いいんだよ、いいんだよ、って言ってくれて、ここにいる気がする。

そんな後ろ向きなしゃべり手も、なかなか珍しい。

そういえば、去年、「痛オイシイ」って言われたな。
今となっては、なるほど正解です。熊谷さん。

友人に「何?最近のそのプライドのなさっぷりは?」と笑われる事も多いけど、
「ダメな自分」を認めて初めて、ちょっとだけ地に足がついたような気がする。

相手がどうしてほしいかなんて、もう、どうでもいいや。

私は、私が一番欲しかったもの、今も一番欲しいものを、差し出そう。

男、女、年齢、立場、問わず、
プライベートな関係であろうと、仕事で一瞬だけ時を共にする人であろうと、ホッとしてもらいたい。
心を解いてもらいたい。

そんな時間と空気で、人を包みたいのだ。

ちょっと疲れた時に、ふっと連絡してみようかな、なんて思ってもらえるような。

こんなエゴ満載の私を受け取ってくれる人なんているのかな。

あ、それは、もう気にしない事にしたんだっけ。

わたしの悪いクセ

わたしの悪いクセ。

とにかく、早さが勝負。
待つのが苦手。
結果は早く出したい。

拙速。いらち。視野が狭い。

これって、間が怖い放送マンにピッタリ。

だから、この仕事をしてるのか、
リサイズされて、こうなったか。

20年間、1分1秒フレーム単位で生きてきた。

そんな私を戒めてくれるもの。

お香。

燃して、立ち上る煙を見ていると、時間が見える。

時間が、燃えている。

あぁ、時間って、ゆっくりゆっくり進んでいるんだな。
動いていない様に見えても、確実に前に進んでいる。

スタジオで、時計の秒針で可視化される時間とは、また違った密度。濃やかさ。


あぁ、自分の時間軸だけで、世の中を計ることは、やめにしよう。

前に押す力が活きる時も、
少しずつ少しずつ、間を詰めていく力が活きる時も、
両方のフェーズは、並行していて、どちらも正しい。

残された時間はあまりないから、早く、早くと、もう思わないように。

温めて、抱きしめて、湿らせて。

そんな時間の進め方を、
愛おしいと思いたい。

だいじな事は、いつも後から見えてくる。

つながる

私の愛読書の一つ(?)、に「美味しんぼ」がある。

山岡さんと栗田さんが結婚するまでが、面白みのピークだった。
全県味巡りが始まって、あまり購入する事はないのだが、そこまでは、ほぼ全巻揃っている。

なんていうのかねー、アタマを使いたくないけど、空白にもしたくないなんて時に最適なよみものなのだ。

で、お昼時間にぺらぺらめくる事が多いのだが、
今日、手にとった46巻。

なんと、まあ、最近、その方の著書を拝読した方が、でてらっしゃるではないか!

その方の名は、畠山重篤さん!NPO法人 森は海の恋人の理事長をつとめていらっしゃる方です。
気仙沼に拠点を持つ団体で、震災以降壊滅状態の海を再生させようと様々に活動しています。

うわー、「美味しんぼ」を古本屋さんで全巻オトナ買いした大学時代から今日まで、
千度読んだ巻やのに。

著作を読んだときもわからなかった。
特に、関西人には、牡蠣は三重か広島やから、頭の中でリンクせぇへんかった。

知るって物事が立体的につながっていくことなんやなぁ。

細切れで知識を知ってても、意味がない。
どんどん世界が立体的につながっていく事が、重要なんだね、と改めて実感。

 

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